去りゆく春2014/04/29 21:16

去りゆく春
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
撮影場所:広島県山県郡北広島町長沢のしだれ桜




春が過ぎ去ろうとしている。

いつもの春と同じように咲き誇る桜花繚乱を見ても

風に揺れる菜の花を見ても

何を見ても灰色にしか見えなかった今年の春…。

深い悲しみと底知れぬ寂しさの淵に沈んだ心は

それでも忙しさに紛れるうちにようやく平静を取り戻し

僕はこの春初めて心穏やかに花を見ることができた。

ひと月遅れの花吹雪に吹かれながら僕は想う。

春が来て桜が咲けば

たとえ幾年の積み重ねを経たとしても

僕は今年の…、この春の悲しみを思い出すに違いない。

去りゆく春とともに送りだした人の面影は

風に吹かれて名残を散らす花と重ねて記憶の中へしまい込もう。

そして魂の叫びが涙とともに溢れ出てしまったあの夜のことは

もう心の奥底へ封印してしまおう。

来年の春には少しの寂しさだけを伴ってこの春のことを思い出せばいい。

はらはらと…2013/12/03 20:45

はらはらと…
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
撮影場所:山口市徳地町串天神の滝




少しの間、目を楽しませてくれた紅葉は

いま、色褪せてはらはらと風に舞っている。

冬を迎える少し前、滝壺を埋め尽くすように落ち葉が溜まり

ふと見上げれば葉陰のなくなった森は妙に明るく

それでいて何かを失ったように寂しげな空が頭上に広がっている。

滝は途切れることなく小さな音を立てながら水を落とし

岩肌をつたう白い流れはその名の通り天神様の姿を浮かび上がらせていた。

冬を迎える準備ができたようだ。

次の春を迎えるため自然は冬に備える。

人はそれを見て季節の変わり目を知り

錦織の風景は、夏の終わりに感じた寂しさを癒すために存在する。

やがて訪れる白い冬…。

寒さを忍ぶ冬景色を見にまたここを訪れよう。

散り紅葉2013/11/27 21:49

散り紅葉
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
アートフィルター:ポップアートⅡ
撮影場所:山口市徳地町串天神の滝




晩秋から初冬へと季節が移行している。

明日は小雪舞う寒さになるらしい。

しばらくの間、目を楽しませてくれた錦織の秋も終盤を迎え

すっかりお気に入りの場所になった滝では小さな滝壺を埋めてゆく散り紅葉が

流れに乗ってくるくると回ったり、翻弄されて沈んでいったり…。

僕はひとりでそんな様子を写真に収めたり、遊び飽きて座り込んだり…。

そんなことを何度か繰り返しているうちに冬を迎える心の準備ができてくる。

風に舞い水面に踊る散り紅葉…。

漂う2013/10/24 21:55

漂う
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
撮影場所:長門湯本大寧寺




カメラを持ってバイクでひとりで出かけるとき

当たり前のことだろうが、そのときの気分によって行きたい場所が変わる。

というよりも、出かけるときに行きたい場所など決まっていないほうが多い、

というのが僕の散歩のスタイルだ。

季節はそろそろ紅葉がはじまろうかという頃…、

実はバイク乗りにとってこの季節、冬が始まる季節の変わり目でもある。

身体がまだ寒さに慣れていないこの時季、

ついこの間まで海が見たいと思っていたのが嘘のように

心が別の風景を欲しがる。

ひとりで出かければ思ったところでバイクを停めてカメラを取り出し

思いのままに寄り道をしてひとり遊びを堪能することができるわけで

このスタイルは絶対に捨てられない大切な大切な時間なわけだが

反面、寂しくてやりきれなくなるときがある。

そしてやりきれないなどと思いながら

実はやっぱりその寂しさを楽しんでいるわけだ。

自由を手にするということはそれに伴う寂しさを受け入れること。

まったくの自由を得るためには、無縁の世界に足を踏み入れなければならない。

そんな覚悟など到底あるはずもなく、

ただそんな気分を味わいたくて漂い、そしてその寂しさに途方に暮れる、

そんなひとり遊びを僕は繰り返している。

錦秋の饗宴が終わればやがてモノクロームな冬がやってくる。

今年の冬、僕はどんな思いを抱えて過ごすのだろうか?

旗艦2013/09/17 22:49

おはなはん
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
アートフィルター:ドラマチックトーンⅡ+ホワイトエッジ
撮影場所:愛媛県大洲市おはなはん通り




先日から僕の心を惑わせている

OLYMPUSの旗艦と位置付けられたカメラがある。

もうそろそろかと思ってはいたのだが、

やっぱり今回も豪華なカタログが送られてきた。

E-5に始まってE-M5 E-P5と新機種が出るたびに分厚いカタログが送られてきて

その度に物欲と戦う試練を与えられたような気持ちになるのだ。

E-M1、今度の試練は過酷なものになりそうな予感がする。

とりあえずせめて実物を見るまでは

オンラインショップを覗かないようにしなければ…。

このブログのカテゴリーがひとつ増えようといっこうにかまわないが

もう僕の机の引き出しにはカメラを入れるスペースが残ってない。

それにしてもクリック一つで物が買えるこの世の中、

どうにかならないもんかね~。

2013/09/01 21:13


OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
撮影場所:兵庫県朝来市和田山竹田城跡




連日の猛暑にうんざりだったこの夏…。

お盆を少し過ぎた頃から、暑い中にも朝夕に秋の気配が感じられはじめ

九月の声を聞いた途端にやってきた人騒がせな台風も去って

今、涼しげな風が窓から吹き込んでいる。

一日中雨だった日曜日、久しぶりに遠方の友を訪ねた。

いつもと変わらぬ笑顔が僕を招き入れ

他愛のない話をしながら夕方までのひとときを過ごした。

心に少し澱が溜まってきたときに僕はときどき友を訪ねる。

約束なしの訪問なので居ないことも多い。

居ればラッキー、居なければそれでもしかたがない

そんな気ままな風のような衝動だ。

やがて雨の日曜日が終わりに近づき、僕は日常へと帰ってゆく。

帰る頃には雨が上がっていた。

それとともに僕の心の中もからりと晴れていた。

形骸2013/08/28 15:48

形骸
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
撮影場所:愛媛県大洲市赤煉瓦館




少々夏バテしてしまったらしい。

猛暑のさなかに悪寒を感じて今日は仕事を休んだ。

人間50年…、わが人生も半世紀と少しの歴史を刻んできたわけだが

ちょうど夏バテする時季にあるようだ。

何気なく目にする光景に想うことは時とともに変化するものらしく

こんな光景に出合った時には、

その日連れて歩いた老いた母の行く末を案じるとともに

我が身の終焉のことに想いが至り、少し驚いている。

形あるものはやがて朽ち果て形骸を晒しながら消えてゆくもの。

命あるものはその命を全うするのが務め…。

それが物と命の違いだろう。

そしてもしもひとりになったなら我が身の終え方を考えなくてはならない。

ときどき夢に見ることがある。

高い山の誰も知らない見晴らしの良い岩に腰掛けて

静かに空の一点を見つめ…、

やがて人知れず命尽きて

骸は鳥に啄ばまれ、

肉体は朽ち果てて…、

それでもそこに座り続けて…、

風に吹かれて無に帰するまで空の一点を見つめているそんな姿を…。

もしもひとりになったならこんな終わり方がいいと、そんなことを思う自分がいる。

想いは心の中身を映すもの…。

夏の終わりはいつもこうなのだ。

旅の空の下で2013/07/23 21:10

旅の空の下で
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
撮影場所:島根県江津市江の川河畔




週末の小さなひとり旅はお気に入りのバイクで

ハンドルの向くままにローカルな道を走るのがいい。

操る人間を急かすことのない穏やかなエンジンを

低回転でドロドロ言わせてゆっくりと田舎道を走るのがいい。

川の流れくらいしか競争するものもなく

その気になれば時の流れさえ追い越すことができそうなほど

のんびりとした風景に溶け込んでしばらく身を置いてみるのがいい。

容赦なく照りつける夏色の旅の空の下に僕はふらりと現れ

そして誰の記憶にも残らないまま、知らぬ間に去ってゆく。

あとに残るは一陣の風ばかり…。

夜の散歩道2013/05/31 23:59

Cajon
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:宇部市某ライブハウス




今年も今日で5月が終わり…。

平年よりもいくぶん早く、数日前から梅雨のじめじめとした天気が続いている。

降り続いた雨が一度上がって、今日は梅雨の中休みのような日だった。

また明日から雨の予報が出ているそんな夜、ふと思い出して一の坂を訪ねた。

ひどいときには人間10人当たりホタルの光ひとつくらいの密度で見物客が多い所だが

今日も例に洩れず大勢の見物客でごった返していた。

それでも今年は訪れた時季が良かったのか

久しぶりに乱舞と言えるほどの光の舞が見られ

そんな風情を楽しみながら僕たちはふたり、川沿いの道を黙って歩いた。

昼間の暑さが嘘のように、半袖では少し肌寒いほどの夜道だ。

今年もいつもと同じようにホタルが舞い、

花菖蒲からあじさいへと主役交代しながら季節は巡る。

僕たちもいつもと同じように巡る季節を追いかけながら生きる。

そしてまたひとつ歳の数と思い出のページが増える。

ギター2013/04/22 23:17

赤い夜
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
アートフィルター:クロスプロセスⅡ+ホワイトエッジ
撮影場所:山口市湯田温泉




入学式の頃まで花がもたなかった桜はもう青々と新しい葉をつけて

そうなると途端に人々の関心を集めることもなくなり、

名所と呼ばれる場所にもまた静けさが戻ってきている。

春の花は次から次へと主役交代しながら、気がつけばゴールデンウィークもすぐそこだ。

そんな季節のとある日に友人から一本のギターを譲り受けた。

飴色のボディが目に懐かしい。

さっそく錆びた弦をはずしてボディを磨いて手入れをした。

弦を張り替えてうろ覚えのコードを押えて鳴らしてみる。

思い出せば高校時代、成績アップと引き換えにねだって手に入れた安物のモーリスは

指先の皮が何回か剥けて硬くなるまで毎日抱えない日はないくらい

僕の青春とともにあった。

独り暮らしに戻った寂しさを紛らわせるように二本目のギターを手に入れたとき

すでに僕の耳は悪くなっていたのだが、まだ弾き語るのに障りがあるほどではなかった。

それから少しずつ、だが確実に聴力が落ちていって

音階の区別ができなくなり、当然チューニングもできなくなり

補聴器を通した、記憶の中にある音色と大きくかけ離れて歪んだ音に堪えられなくなって

僕は衝動的に二本目のギターを人にあげてしまったのだった。

そして今、久しぶりに爪弾くギターの音色は…、

やっぱり僕の記憶の中にある音色とは別物だった。

ここを弾けばこの音が出るはずという音色は聞こえてはこなかった。

ある程度以上高い音はいくら耳を澄ませても聞こえてはこなかった。

やっぱり…。

でも、僕はもう一度、ギターを抱えてみようと思う。

すべてを諦めて無音の闇の住人になる前に

僕はもう一度、ギターを抱えてみようと思う。

その音色が沈黙という音に変わるまで…。