2013/11/12 21:52


OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:山口市徳地町串 天神の滝




山が紅に燃える季節がやってきた。

モノトーンな風景に覆われる前の艶やかな饗宴…。

春に手に入れたこのカメラで晩秋の彩りを撮るのはこれが初めてだ。

それよりも少し前に手元に来たXZ-2はちょうど去年のこの季節が撮り始めの時季で

これほどよく写るならもう大きなカメラは要らないかな?

と思わせるほど出来るやつだったが、それよりも一回り小柄な

掌にすっぽりと収まってしまうこのカメラも

目を凝らして見ないと違いがわからないほどよく写る小癪なやつだ。

雨の日曜日…、お気に入りのカメラを三台ほど持ち出して

定番のスポットを訪れた。

山の中へ入れば天気の悪い日には少し気味が悪いほど薄暗く

そんな山道をゆっくりとクルマを走らせていると

整然と植林された杉の林の樹間越しに真っ赤に染まる紅葉が見えた。

明るさを欲しがるカメラに意地悪く光を絞ってシャッターを切る。

すると目の前の紅はより鮮やかにモニターに浮かびあがる。

少し前まで休みの日は晴れてなければつまらないと思っていた。

雨の日曜日もいいじゃないかと思えるようになってきたのは

今年の桜の季節辺りからだろうか?

天気の悪い日にしか見られない景色もあると教えてくれたのは

傘を持っていても片手で構えられる小さなカメラのおかげだと

僕は思うのである。

2013/10/11 21:18

雨降る街角
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:広島市元安橋東詰




ずいぶんと夜が長くなってきた。

仕事に区切りをつけて帰り支度を始める頃には

もう夜の帳が下りている。

少し遠回りをして川沿いの道を行けば

犬の散歩をする人やジョギングをする人の影が

ときおりヘッドライトの光の中に浮かびあがる。

河原へ下りて車のエンジンを切るとすぐに闇と静寂に覆われ

何にも邪魔をされずに物を想うには申し分ない環境だ。

すっかり暗闇となった土手に腰掛けて目を閉じると

目の前には一筋の光も見えない暗黒の世界が広がり、

そして僕は初めてその漆黒の闇が怖いと思った。

堪らなくなって目を開けると空にはいくつかの星が見えて

その瞬間に現実の世界に引き戻され少し安堵してため息を吐く。

そして…、実は本当に怖かったのは暗黒の世界そのものではなく

その世界に惹きこまれそうになる心の闇だったのだと気がついた。

目を閉じれば現れる闇は無限の広がり

そんな世界を覗き込んでみたくなる心の闇は底無しに深く

一度惹き込まれたら容易には戻って来れなさそうな強い力を感じる。

その強い力を振り切るだけの強靭さを

果たして僕は持っているのだろうか?

フォトパス感謝祭2013/10/07 22:08

中秋
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:山口県山口市徳地





前の記事に書いたオリンパスの旗艦OM-D E-M1を体験すべく

広島の街まで出かけてきた。

会場に着いてさっそく実機を試してみる。

大伸ばしでプリントされた写真を見ると

なるほどISO6400でも鑑賞に堪えられるほどの高感度画質の良さ、

フルサイズ機に負けない解像感など、画質面の進歩は特筆に値するようだ。

加えてフォーサーズレンズがストレスなく使えるAF性能の向上、

そして色合いや彩度をその場で変えて楽しめる新機能や、

シャッター半押しでファインダー像がピタリと止まる手ぶれ補正の性能などなど

旗艦を名乗るだけの性能は充分に保有しているようである。

何よりもその軽さと小ささ、フラッグシップの品格に少し欠けるように感じるものの

持ち歩きのしやすさは何物にも代え難く

カメラはその場に持っていてなんぼという一番の性能が備わっている。

困ったな…。

買うのは簡単、なのだけど、置く場所がない。

というのは我慢する言い訳に過ぎないが、

正直、もう気持ちは半分カートの中に入っているわけだ。

同時に発表されたF2.8通しの標準ズームがまたいい出来のようで

そうなると買うならレンズキットというわけで

となると14-54の出番は激減、E-5の出番もほとんどなしという事態に陥りそうなのである。

が、手離すには忍びなく…、また買い増し…。

ところが、コンデジのフラッグシップも出そうという噂もあり

コンデジ好きの僕としてはスルーするわけにはいかなくなり

キャンギャルの笑顔に惑わされる以上に困った状況になりそうなのだ。

が、実はXZ-10で十分だと思っている僕も存在するわけで…。




この続きは夢の中で考えようと思っている次第なのである。

再び水船2013/09/07 22:34

再び水船
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
アートフィルター:デイドリーム+ホワイトエッジ
撮影場所:山口県防府市江泊




また雨の週末だ。

そろそろ外で遊びたい病がうずうずと僕の心の中から溢れそうになっている。

遊び方は何だっていい。

この歳になればひとりで外遊びする術などいくらでも持っている。

そう、小さなコンデジひとつ持ってぶらぶらと散歩をするのもいい。

本当はバイクで出かけたいのが偽りない気持ちだけど

冷たい雨に濡れるのも癪だ。

バッグにコンデジを放り込んで今にも降りそうな空の下へ飛び出す。

少し前に来たことのある場所に来てみた。

そのときにはGX200を持っていた。

今日の相棒はXZ-10…。

決まった撮影の予定などないときにはこのカメラを持ち出すことが多い。

言い換えればいつも持っているカメラだったりもするわけだ。

前に来たときには引き潮で泥の上に転がっていた廃船は

今日は満ち潮の中で前に見たときと同じように傾いて浮いていた。

でもやっぱり水船だ。

カメラの電源を入れて液晶を覗き込んだとき、

GX200とXZ-10に隔世の感を覚える。

発売されて僅か3~4年の差が

デジタルの世界では何世代もの違いとなるようだ。

絵に関しては敢えてここに書くまい。

気に行ったおもちゃは気に入ったように使えばいいというだけだ。

あなごのねどこ2013/06/25 23:41

あなごのねどこ
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:尾道市中央商店街




先日、尾道の街を訪れる機会があって

少しだけ行列に並んで有名店の尾道ラーメンを楽しんだ後

せっかくだから少し街をぶらぶらしてみようかという気分に誘われるままに

商店街を冷やかして歩いた。

カメラを片手にきょろきょろしながら歩いていると

古びた様子のカフェがあってその横に「あなごのねどこ」という

手書きの看板がかかっている。

人がすれ違おうと思えば両方がカニのように横歩きをしないと出来ないような

狭い路地があって、この路地からは横にあるカフェの中の様子がよく見える。

中を覗けば意外にも満席に近い客で埋まっていて

その賑わいの様子がなぜか僕の記憶の底を刺激するのである。

その訳をぼんやりと考えていたときにはっと思い当ったのが

この光景、木造校舎の廊下の窓から

休み時間の教室の中を覗いた様子によく似ているということだ。

そして廊下の部分であるこの路地、道なのか建物の一部なのか

よくわからないほど暗くて奥が深いのである。

先客が道を塞いでいたので深追い出来なかったのが残念で仕方がないが

帰って調べてみると、芋づる式におもしろそうな情報が見えてきたのである。

前にも書いたように尾道の街は泊まりがけで歩きまわったことがあるわけだが

ここでもまた都市の表面しか見えてなかったことに気づく。

たぶん一日では廻りきれないほど深い世界があるだろう。

再訪するのが楽しみだ。

そのときに持ち歩くカメラをどれにするかを考えるのもまた楽しみのひとつである。

水涸月2013/06/16 10:05

水涸月
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
アートフィルター:ドラマチックトーン
撮影場所:下関市豊田町豊田湖畔




朝から久しぶりの雨模様だった。

空はどんよりと暗く、そして地に触れそうなほど雲が低く垂れ込めている。

久しぶりに土曜日曜と行事の予定がなく羽が延ばせると思っていた週末だったが、

思わぬ予定が入り、土曜日の午前中がそのことに潰れた。

潰れた時間を取り戻そうと午後からはいつものように気ままなひとり遊びに興じる。

海沿いの道を走ってあじさいの花で有名な寺を訪れてみた。

雨の降らない梅雨にもかかわらず、いつもの年のようにあじさいの花がきれいに咲いていた。

朝方降った雨に濡れて花も少しは瑞々しさを取り戻したのだろうか?

ふと空を見上げるといつの間にか垂れ込めていた雲がなくなっていて

空はずいぶんと高くなり、ところどころに青空が見えている。

海のほうに目をやれば雲に置き去られたような海霧が海面から立ち昇り

北からの風に吹き上げられるように斜面を駆け上がってくる。

漁火が見えることで人気の棚田の先に見えるはずの海は

立ち込めた霧にかすんで幻想的な光景を創りだしていた。

この幻想を写真に収めようと何度かシャッターを切ってみたけれど

帰ってモニターに映せば見てきたほどには写っていないのは毎度のことだ。

空梅雨と呼ばれる今年の梅雨も半ば…。

久しぶりに瑞々しい光景を見ることができたと喜びながら

帰り際に立ち寄ったダム湖の水は干上がっていて

前に調べた水無月の意味はどちらもありかなと思いだす。

少し先の川べりには蛍船が夜の饗宴を待ちながら静かにそこにあるのだった。

街角の異風景2013/06/03 22:13

街角の異風景
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:北九州市小倉魚町




家から一番近い百万都市北九州、

その中心にある小倉の街には幾度も来たことがあるが、

いつも都会の表面のきれいな部分だけしか見てはいない。

日本で一番最初にアーケード街ができたという歴史を持つこの街には

少し寂れていて、少し汚くて、でもどこか懐かしく惹きつけられる場所が存在する。

そんな場所をカメラ片手に歩いていると、どんどん深い所に引き込まれて

自分がいる場所が路上なのか、それとも建物の内部なのかすらわからなくなることがあって、

気がつけば路地裏の小さな店に入って飯を食っていたり

売り子のおばちゃんに声かけられて普段なら覗きもしないような店先を冷やかしてみたり

そしていつの間にか時を飛び越えてその空間に遊んでいる自分にあきれてみたり…。




歩いたり食べたり撮ったり座ったり…。

いろいろな形に変化することはあっても、僕のひとり遊びの原点はここにある。

そして、こんな遊びの相棒に持つカメラはもう少し筋肉質なほうが良く

この日も幾度かシャッターを切り損ねて悔しい思いをした。

これはけっしてXZ-10が悪いカメラだということではなく

手持ちのカメラの中ではこのカメラが一番用途に合ってはいたのだ。

が、少し敏捷さが足りない印象が残った。

もちろん、カメラを換えたところで撮れる写真に大した違いはない。

楽しく遊べるかどうかが重要なのである。

追憶の風景2013/05/16 21:56

追憶の風景
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:熊本県上益城郡山都町目丸




ひたすらに駆けてきた道の途中で

ふと目を奪われて立ち止まってしまう場所がある。

何度も来たことのあるこの場所には

来るたびに何も変わらないように見えて

変わらないようで少しずつ変わってゆく不思議な風景がある。

形あるものは少しずつその姿を変えながら

何事もなかったようにいつもと変わらない風に吹かれている。

僕はここでこの風景を見ながら

変わらないものは何か?

変わりつつあるものは何か?

そんなことを考えている。

やがて目の前にある風景と追憶の風景が混ざり合い

そして錯綜し、音が消え、少しだけ時空を遡り、

ふと我に返れば、そこにはともに駆けてきた仲間の姿が見えた。

追憶の風景がまたひとつ積み重なって再び僕は走り始める。

花散らし2013/04/07 10:45

花散らし
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:美祢市美東町長登




毎年桜の季節に訪れる場所はだいたい決まっていて

ここ、長登のしだれ桜もそんな場所のひとつだ。

百年以上の間ここにあって風雪に耐え抜いたその姿には

春の一瞬の煌めきを披露するために生き続ける生命のしたたかさを感じ取ることができる。

幾年の春、僕の目を楽しませてくれたそんな桜が

なぜか今年はあまり花をつけずシーズンを終えたようだ。

先週訪れたときの様子から見頃は今週末と読んで

爆弾低気圧到来の予報通り、篠突く雨の中を逢いに来た僕は少しがっかりしたわけだが

ふと後ろを見ると、いつもの春にはその存在すら知らなかった桜があった。

しだれ桜と花の時季がずれているのか、

あるいは主役の存在が大きすぎて陰に隠れてしまっていたのか…。

ひょっとすると僕が知らなかっただけかもしれない。

そう思わせるほどに立派な桜が山の斜面にあって

満開の花を雨に散らしているのだった。

春の嵐は花を散らし、雨は新しい芽吹きを育む。

桜を見るときには青空にこだわりたいとずっと思っていた僕だけど

雨に散る桜を送るのも良いではないかと、

傘を片手に佇みながら僕は思うのだった。

XZ考2013/03/18 22:03

咲いちゃぁ行っちゃぁ見ちゃぁない
OLYMPUS STYLUS XZ-10
i.ZUIKO DIGITAL ED4.7-23.5mmF1.8-2.7
撮影場所:萩市南明寺イト桜




今年もまた春が来て、早咲きの桜はそろそろ見頃を迎えている。

僕のようなアマチュアカメラマンがそわそわと一番落ち着かない時季だろう。

毎年の恒例行事のように自分のお気に入りの場所へ出かけていって

変わり映えのしない写真のコレクションばかり増えるのは困ったものだけど

デジタル時代の今、何千枚の写真を撮ろうがすべてプリントするわけではなく

撮ったものの置き場に困ることもないので、これはこれで便利な時代になったということだ。

ところがこのデジタル時代、困ったこともある。

それは毎年のように新しく性能のいい機種が登場して物欲を刺激するということだ。

おかげで僕の机の引き出しには5つのコンデジがごろごろと転がっている。

しかもXZシリーズはコンプリート…。

XZ-1、XZ-2、そしてXZ-10、せっかく三つ揃っているので

僕の勝手なインプレッションなどを書き留めておこうかと、今、キーボードを叩いているわけだ。

まずXZ-1、これは惚れ込んで発売前に予約して買ったので思い入れも強い。

写りの良さは他でもたくさん紹介されているのでここでは省略するが

写りの良さの反面、融通の効かない操作性がとても残念だった記憶がある。

で、この操作性が劇的に改善されて

おもちゃとしての性能が格段にアップしたのがXZ-2。

画質も当たり前のように良くなっていたけれど、

何故かXZ-1の吐き出す絵が捨て難く

結局併用する決心を固めたわけである。

XZ-2がコンデジとしては少々大きくなりすぎたのも

併用を決めた大きな理由だった。

そしてXZ-10…。

少し前に手に入れたTG-1がよく写るものの

やはりXZシリーズに敵わない絵作りだったので

センサーの小さくなったXZ-10はスルーしようかと思った反面、

やっぱりコンデジは気軽にポケットに入れられる大きさがいいなと思い始めたら

徐々に欲しくなってきて、気がつけば引き出しの仲間になっていたという3台目のXZである。

まだ本格的に持って出たのは2回だが、こいつが侮れない絵作りをする奴なのだ。

正直、XZ-2よりも先にこれが出てたらXZ-2は買わなかったかな?

と思わせるぐらいの番狂わせだ。

もちろんXZ-2が悪いというわけではなく、

敢えて言うならXZ-2はメインカメラとして充分使える性能を持っていると思う。

性能も大きさもコンデジを越えているというわけだ。

XZ三兄弟はどの機種を選んでも写りはいい。

強いて言えば遠景の解像感が他の機種より少し勝っているのがXZ-2、

XZ-2よりも少しリアリティに欠ける反面、繊細な絵画のような絵作りのXZ-1、

センサーが小さいハンディをほとんど感じないダークホース的なXZ-10といったところか?

似たようなセンサーを積んだTG-1と比べてもXZ-10は画質がいいのは明らかで、

でもときどきハッとするようないい絵を吐くことがあるTG-1も手離せないわけだ。

結局、XZ考もくそも(失礼!)ないもんだ。どうもまともなインプレが書けた試しがない。

お気に入りのおもちゃであれば、あばたもえくぼなわけである。

で、そろそろPENシリーズの最新機種の噂も気になり始めた困った僕なのである。