夜の散歩道2013/05/31 23:59

Cajon
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:宇部市某ライブハウス




今年も今日で5月が終わり…。

平年よりもいくぶん早く、数日前から梅雨のじめじめとした天気が続いている。

降り続いた雨が一度上がって、今日は梅雨の中休みのような日だった。

また明日から雨の予報が出ているそんな夜、ふと思い出して一の坂を訪ねた。

ひどいときには人間10人当たりホタルの光ひとつくらいの密度で見物客が多い所だが

今日も例に洩れず大勢の見物客でごった返していた。

それでも今年は訪れた時季が良かったのか

久しぶりに乱舞と言えるほどの光の舞が見られ

そんな風情を楽しみながら僕たちはふたり、川沿いの道を黙って歩いた。

昼間の暑さが嘘のように、半袖では少し肌寒いほどの夜道だ。

今年もいつもと同じようにホタルが舞い、

花菖蒲からあじさいへと主役交代しながら季節は巡る。

僕たちもいつもと同じように巡る季節を追いかけながら生きる。

そしてまたひとつ歳の数と思い出のページが増える。

雨の休日2012/06/25 22:47

雨の休日
OLYMPUS E-P1
M.ZUIKO DIGITAL 45mmF1.8
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:防府市周防阿弥陀寺




雨の休日、近くの古刹へあじさいの花の写真を撮りに出かけた。

天気が悪いにもかかわらず、思ったよりはずいぶんと大勢の人出で

しかも大きなカメラを首からぶら下げている人も多数いた。

皆、雨にしっとりと濡れたあじさいという構図を狙って来たに違いなく

僕が考えることなど、やはり誰でも思いつくものなのだろう。



傘をさしてまで写真を撮りに行かなくても…、と僕は最近まで思っていた。

この日、雨が降っていても花の写真を撮りに行こうと思ったのは

ある小さな写真展を見て、少なからず影響を受けたからで

写欲などというものは、こんなことをきっかけとして湧いてくるものなのに違いない。

そして予報通りの雨の休日、むしろ雨降りを歓迎している自分に気づいて少し驚く。

カメラはPENを持って行こう。

あじさいを撮るなら45mmF1.8をメインに風景は17mmF2.8、

念のためにマクロが使える電動ズームもカバンに入れて…。



春の嵐が吹けば海が気になってしかたがない。

そんな日には波に揉まれてカラカラと石が転がる音が聞けるから…。

そんなことを言っていた人がいた。

ずいぶんとしなやかに人生を楽しんでおられるのだなと思った。

せっかくだから僕も少しまねをしてみようと思う。

カメラ遊び2012/06/19 21:51

あじさいポートレート
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 50mmF2.0
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:長門市油谷向徳寺




カメラがデジタルになり、気軽に写真が撮れる時代になって僕の道楽がひとつ増えた。

今はどこへ出かけるにしても、たいていコンデジの一台は持ち歩いている。

このブログを見ればお分かりのことと思うけど、僕の贔屓のメーカーはOLYMPUS、

いろいろな意味で世間を騒がせたメーカーで、まず、この世界では少数派と思って間違いない。

OLYMPUSを使い始めたのは初めて一眼を買ったときからで

その初めての一眼は別にCANONでもNikonでもよかったわけだ。

でもね、今は他のメーカーのカメラを買う気はなくて

それはなぜかと言えば…、僕のへその曲がり具合に大いに関係しているということなのだ。

曲がったへそ持ち主にとってこれほど魅力的なメーカーはなくて

コンデジに関しては例外的にRICOHにかなり傾倒してるわけだけど、それを差し引いても

OLYMPUSのカメラを操るのはおかげさまでずいぶんとうまくなったと思う。

勘違いしてはいけないのが、このことは写真の出来とは全く関係のないことで

写真は、まぁ、相変わらず自己満足の…、

自己満足でいいわけだよ、カメラというおもちゃを弄るのが楽しいんだから…。

まぁ、フォーサーズに明るい未来はなさそうだけど、それはそれでいい。

これ以上買い替える必要がないからE-5とはじっくりと遊べそうだ。

困るのはマイクロだなぁ…。そろそろPENの新しいのが欲しくなってきたぞ。

アートフィルターも全部使えるのが欲しいし…。

重箱の隅をつつくような写りの差にこだわるのはプロに任せることとして

僕はせいぜいアートフィルターなんかで楽しく遊びたい。

で、高価なカメラを持って、おっと、別に持つのは勝手なんだけど

ファインダーの先しか見えてないおじさんにはなりたくないもんだね。

遊ぶ時はみんなで楽しく遊びたいものだ。

OM-D2012/02/15 22:05

OM-D
OLYMPUS E-P1
M.ZUIKO DIGITAL 45mmF1.8
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:自宅




今年もCP+が終わって新型カメラの噂も一段落したようだ。

昨年のこのイベントには横浜観光も兼ねて思い切って出かけて

吹雪の山下公園を歩いたのがもうずいぶんと昔の出来事のように思い出される。

大盛況だったらしい今年のCP+の様子をネットのいろんな記事で読んで

今年も行きたかったなぁなどと考えながらだんだんとそんな思いも忘れかけてきたこの頃…、

会社から帰ってみるとOLYMPUSから一通の封筒が届いていた。

もちろん中身は開けなくても想像がついた。

入っていたのは話題になったOM-DのカタログとPENの形のピンバッジ…。

カモになりそうな人間はやはりわかるらしい…。

それはこのブログのカテゴリーを見れば一目瞭然?

うーむ…、やっぱり新調した標準ズームはPENよりこのOM-Dに付ける方がしっくりとくるようだ。

ネットの製品紹介はもう何度も見ているけれど、

紙のカタログに弱い世代の弱点を見事に突かれて、

僕の悩みがまた再燃するわけである。

よこがお その二2011/08/30 15:51

よこがお その二
OLYMPUS E-P1
M.ZUIKO DIGITAL 17mmF2.8
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:山口県周防大島なぎさ水族館

おさかなの顔をじっと見ていると、なんだかとても人間臭く感じることがある。

小さいくせに分別くさい顔をして、おまけにそれが三頭身なのだから、

そんなおさかなを見つけたら思わずにやっとしてしまうわけだ。

おまけにこのかえるあんこう、海の底をのっしのっしと歩いて移動して、

口の前で疑似餌を振って他のおさかなを釣ってしまう芸達者なのである。

なんとも愛すべきやつではないか…。

夏の日の思い出2011/08/18 22:21

夏の日の思い出
夏の日の思い出
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 50㎜F2.0Macro
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:山口県萩市むつみひまわりロード


いつの間にか今年もひまわりの見頃を過ぎて、



暑い暑いと言いながらも空にほのかな秋の気配を感じ、



夏を送る頃には毎年ちょっぴりの寂しさを覚える。



近頃、その寂しさのわけがおぼろげながらわかってきた。



ただ、わかったところでどうなるわけでもない。



わかるお歳頃になったというだけだ。

ピンホールから覗く青空2011/05/23 21:04

ピンホールから覗く青空
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL 14-54mmF2.8-3.5Ⅱ
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:山口県柳井市古市金屋 重要伝統的建造物群保存地区



薔薇の花が咲いていることを期待して出かけた植物園が少し期待外れだったので、近くの古い街並みを歩いてみることにした。

こういうところを歩くのであればE-5ではなく、E-P1を首からぶら下げて軽快に歩きたいものだが、あいにく花の撮影のつもりで来たので手元にあるカメラは大きくて重いE-5だけ…。

なのでストラップを手首にぐるぐると巻き付けグリップをわしづかみして少し気取って歩く。

そして今日のテーマは「トイフォト」一本と決める。

適当に撮り歩いて、帰ってから写真を見てみると、トイフォトで撮ったのに妙に抜けのよい爽やかな青空が写っていた。

撮影の意図からかなり外れた絵ではあるけれど、なんとなく好きな空の色だった。

街角にはもう初夏の風が吹いている。


再会2011/04/15 20:56

再会
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL 14-54mmF2.8-3.5
アートフィルター:トイフォト
撮影場所:山口県美祢市美東町長登





時季が来ると必ず訪れる場所がいくつかあって

そんなところには有名無名の一本桜がいつの年も変わらぬ姿を見せてくれる。

それは花を見に行くというよりも、旧友との再会にも似た心持ちで

ひとつ年輪を重ねた姿を見せあって互いの無事を祝うのだ。

花と向かい合って腰をおろし樹と語り合いながら黙って盃を干すのもよかろうと思うが

花見客の多い場所では残念ながらそういうわけにもいかず、束の間の逢瀬の後、「また来年来るよ。」と呟いて名残を惜しむのである。




僕の一番仲の良かった友が病で逝ってからもう15年ほど経つだろうか?

中学校の最後の一年が同じクラスになったのが縁で親しくなり、それ以降は別々の道を歩んだにかかわらず

年に何度か会うだけなのに深い友情で結ばれた仲が続いた。

やつは酒飲み、僕は下戸のでこぼこコンビで

僕の部屋に酒がないのがわかっているから、遊びに来るときにはいつも一升瓶をぶら下げてくるのだった。

一年会わなくても「よぅ!」と一言挨拶を交わすだけで部屋に上がり込んで、ろくに話もせず酒を飲む。

つまみだけを拝借しながら僕はコーヒーで相手をして、そしてどちらかが眠くなったら勝手にそこらに寝っ転がり…、

いつもそんな調子だった。

そしてやつがこの世からいなくなって15年…。

どんなところにいても目の前にいない相手とおしゃべりができて

手紙など書かなくても瞬時に文字で近況を伝えることができる、そんな便利な世の中になった。

が、その便利と引き換えに僕たちは大切なものを失くしてしまったような気がしてならない。

本当の友とは語り合うものなのだろうか?

本当の友とはいつも一緒にいるものなのだろうか?

春が来てお気に入りの一本桜が花を付け始めるといつも彼のことを思い出す。

逝ってからもなお心の中に在りつづける我が友は

年に一度桜の花に姿を変えて僕を誘い、そして僕はその爛漫を目の前に「やぁ、今年も来たよ」と心の中で呟く。

それで十分心は満たされるのだけど、今でも心残りなことがただひとつだけあって

それはやつが生きている間に、もう少しだけ酒に付き合ってやればよかったなということ。

飲めなくてもいいから、ちょっとだけでも盃を酌み交わしてやればよかったな…、ということだ。

桜の季節が来れば僕はいつもそんなことを思い出すんだ。

そしてこの桜が散り始めれば、花吹雪の中に穏やかな表情で酒を飲むやつの姿が浮かび上がる。



「また来年会いにくるよ」と手を振って僕は再会を期する。









季節の中で2010/10/31 23:06

里山の秋
OLYMPUS E-P1
ZUIKO DIGITAL 25mmF2.8
アートフィルター トイフォト
撮影場所:山口市徳地町重源の郷




秋が深まり、今年もそろそろ紅葉の季節になってきた。

季節の便りを聞くために、年に何度か訪れる場所があって、毎年似たような季節に似たような場所に足を運ぶ。

その風景を見なければ次の季節を迎えられないような義務感に似た気持ちを抱いて、毎年、似たような場所を訪れる。

そして変わらぬ季節の便りを目にして、今年もまたその風景を見ることができたことに感謝するのだ。




若いときは、常に新しい景色を求めていた。季節が巡る度に新しい風景が見られることを望んでいた。

今は…、毎年、同じ時季に同じ場所で同じ風景が見られることを望んでいる。



   -もう何十回も見られる景色じゃないんだよなぁ-



そんなことを考えると、目の前にある見慣れたはずの季節の便りがとても愛おしく感じられるんだ。

沈黙と喧騒2010/10/06 17:30

時空の旅人
OLYMUPUS E-P1
M.ZUIKO DIGITAL 17mmF2.8
アートフィルター トイフォト
撮影場所:出雲市旧JR大社駅

思いがけず30年の時空を旅してきた僕なんだけど、思考があちこちに飛んで脈絡がないのは昔からの癖なんだろうなぁ…。
ひとりで連想ゲームをしているようなもんだね。
でもせっかくだからもう少し楽しんでいくとしよう。





あの頃の僕の部屋には、なぜかいつも何人かの友達がいた。

あるものは寝転がって本を読み、そしてあるものはギターを抱えて歌い…。

てんでばらばらなことをしながら、別におしゃべりするわけでもなく、ただ、一緒にいるだけだった。






Windowsも携帯電話もないときに学生時代を送った僕なんだけど、今の若者からすればそんな時代なんて考えられないだろうね。
その頃の背景としては、ちょうどインベーダーゲームが流行り始めて1~2年経った、
百恵ちゃんが引退して聖子ちゃんの時代が始まった、
150円のたばこが180円になった、
そして世界のホームラン王が引退した、そんな時代だった。





夕方、学校が終われば、僕の部屋には友達が集まってくる。

そして僕たちは特に話をすることもなく、沈黙の中で想いと時間を共有している。





今の世の中に比べると、得ることのできる情報量が圧倒的に少ない時代だった。
でも、それで不自由だったかと言えば、そうでもなかったんだよね。不思議と…。
少ない情報の中で、僕たちは豊かに生きていた。





そうして30年の時が流れた。

パソコンのモニターからも携帯電話の液晶からも目で追い切れないほどの文字があふれ、

誰も聴いてなくてもテレビの中ではアナウンサーが、お笑い芸人が、何か早口でしゃべっている。

駅の構内放送、文字が走る電光掲示板、救急車のサイレン、

そして見えない相手と立ち話をしている人々が見える。痛みを感じることなく殴り合いをしている人々も見える。





メールで誰かをで誘うことが簡単になった。でも誘いを断ることも指先ひとつでできるようになったね。
車のなかでテレビを見たり、自転車に乗りながら電話をかけたりできることはもう当たり前なんだ。
便利な世の中になったんだね。もう元には戻れない。
だって機嫌の良し悪しですら、表情に表すことなく絵文字ひとつで相手に伝わるんだ。
人生だって、もし自分に都合の悪い事態になったら、リセットボタンを押すだけでいい。




今日も1980年にあった出来事を調べるためにネットを検索してみた。

記憶の中の時間を遡ることなく、ほぼ正確な情報を得るのに2分とかからない。







知らない漢字だっていくらでも書けるんだ。
喧騒の中からひとつの旋律を取り出す術を知っていさえすれば、もう自分でものを覚える必要なんてないんだ。
目の前にいる人と笑顔で話をする必要もない。傷つけあっても痛みを感じることもない。







そして気がつけば、自分の家の電話番号さえ知らない僕がいた。

喧騒という名の沈黙の中を僕は溺れるように歩いている。

見えるのは、話すことなく延々とおしゃべりを続ける人たちの姿。

喧騒という名の沈黙の中を僕は溺れるように歩いている。

聴こえるのは、予言の歌のようなSimon and Garfunkelの美しく寂しげなハーモニー。

あぁ、もう家に帰る道さえ憶えていない。僕が誰なのかも忘れかけている。

でもいいんだ。帰りたくなれば街角にある「公衆検索エンジン」にIDカードをかざして道を調べればいいだけだから…。




そして家に帰りさえすれば…、

たとえ縁を結んでくれたのが出雲の神様ではなくインターネットだったとしても…、

ぼくのたいせつなパートナーが…、

やすらぎという名の沈黙を共有できるきみが、先に帰ってぼくを待っているはず…。