物欲かぎりなし2011/07/01 07:00

PEN DIGITAL
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED 50mmF2.0Macro
撮影場所:自宅



OLYMPUSのPENシリーズ、新機種が一気に三機種も発表になった。

なになに、世界最速AF?ふむふむ…、E-P3はアートフィルター全種搭載?

しかもGX200で慣れた画角の換算24mmHGレンズも同時発売?

うーん……………。絶句。

E-P1が家に来たのが去年の7月、

XZ-1が家に来たのが今年の2月、

E-5が家に来たのが今年の3月…。

全部気に入ってるんですけど…。

もうこれ以上カメラが増えても困るんですけど…。 









それと…、バイクも新しいの欲しいんですけど…。 



春はまた…2011/03/14 20:27

梅しだれて花開き
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED 50mmF2.0Macro
撮影場所:山口県防府市防府天満宮





週末には春本番を思わせる陽気になった。

重いコートを脱いで外へ出ると青空が広がり花は咲き乱れ、そのなかを鳥たちは唄いながら遊ぶ。

いつもの長閑な春の光景だ。

が、この空の下、いま同じ国の中で絶望の淵に沈んでいる人々が多くいる。

暖かい春の日の中にいることにうしろめたさを感じるほど、悲しみのただなかに閉じ込められた人々が多くいる。

怖かっただろう、苦しかっただろう、寒いだろう、ひもじいだろうといくら想像はしてみても、その痛み、その悲しみは本当にそこに身を置いてみないとわからないものだ。



だからせめて思いやろう、

そばにいて直接手を差し伸べることはできずとも、

悲しみのただなかにいる人々がふたたび春を謳歌できるときが来るまで

遠くからそっと思いやろう、と考えている。



桃色吐息2011/02/27 19:18

桃色吐息
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED 70-300mmF4.0-5.6
撮影場所:山口県防府市防府天満宮




まだかまだかと待ち焦がれた花の季節、今年もようやく遅い春がやってきたようだ。

光の春、花の春、その次にやってくるのは、そう…、大地の芽吹きがいっせいに始まるときの桃色吐息。

その夜を過ぎたらあとはもう百花繚乱、年に一度の宴のはじまりなのだ。



白鳥の歌2011/02/10 21:52

公園の人気者
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED 70-300mmF4.0-5.6
撮影場所:山口県宇部市常盤公園




鳥インフルエンザが見つかった宇部市常盤公園のすべての白鳥の殺処分が決まったそうだ。

白鳥のいない常盤公園など想像もつかない。

何ともやりきれない話である。

同じ湖に住む公園の人気者のペリカンは、しばらく観察しながら様子を見るという。

別に差別をするわけではないのだろうけど、せめてペリカンは無事であって欲しいと思う。



30年ほど前に初めてこの街に来て、新入生歓迎という名目で先輩から酒を飲まされたのがこの常盤公園の湖の畔だった。

夜はまだ少し肌寒く、それでも満開の桜の花が学生生活の始まりを祝福してくれるような春の夜だった。

そんな頃からつい2~3年前まで住んでいた愛着のある街の出来事だ。



白鳥はあまり鳴かない鳥とされている。

そして死ななければならないと気がつくと最後に一声だけ美しい声で歌うのだそうだ。

そしてそれは死ぬことを嘆いているのではなく、魂が神のもとへ旅立つ喜びの歌なのだと…。

健康な身で何もわからず最後の歌も歌えずに殺されてゆく魂が、せめて安らかに天に召されるよう祈らずにはいられない。





お雛さま2011/02/07 21:45

おひなさま
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL 25mmF2.8
撮影場所:北九州市門司港レトロ




前の週末に早春の花を求めて門司にある植物園を訪れてみた。

今年は例年に比べて春の花の開花が遅れているようで、昨年同じ頃に来たときよりも水仙や梅の咲き具合が今ひとつのように感じられた。

それでも紅葉のシーズンから植物の撮影はご無沙汰だったので久しぶりの花の撮影を2時間ほど楽しんできた。

そしてランチタイムはお決まりのレトロな街並み…。

ここで名物の焼きカレーを食べるのが、実はささやかな楽しみになっている。

焼きカレーマップを見ながら初めてのお店に入り、出された料理がおいしければ本当に楽しいお散歩だったということだ。

ここ、門司港レトロの街並みはぶらぶらと歩きながら食べたり撮ったり座ったりできるお気に入りの散歩道なんだ。

そして今年も「ふぐと灯りとひなまつり」というイベントが始まっていた。

で、去年と同じようにお雛さまの写真を撮ったり、ケーキを食べたり、ベンチに腰掛けて船を眺めたり…。



毎年同じ時季に同じ場所に来て同じものを見て、そんな場所がいくつもあって、週末の休みだけでは足らないほどそんな場所がいくつもあって…。

そんな場所を巡っているうちに一年なんてあっという間に過ぎてしまって、

なんだか遊び急いでいるような気がして、そんな焦りのような心情がどこから湧いてくるのか自分では気がついていて、

気がついているくせに気がつかないふりをして、僕は時の流れの中でもがいている…。



年に一度会うお雛さまは今年も同じ顔をしていた。

でも僕は去年と同じ顔じゃない…。

紺碧2011/02/02 14:57

紺碧
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED 40-150mmF4.0-5.6
撮影場所:山口県長門市油谷町津黄




威嚇するように泡立つ白い波、冬の日本海はしばしばこんな様相を見せる。

この海の向うには広大なユーラシア大陸が横たわり、例えば直線距離ならここから岡山へ行くのと同じくらい反対方向へ進めば韓国南部に達する。

だがそれは知識として知っているだけで実際に見てきたことはなく、軽々しい距離感ではないわけがこの紺碧の海なのだ。

春霞の季節には紺碧の海と群青の空が遥か彼方で溶けあい、そして混じり合い、明確な水平線を形成することなく曖昧に視界の幕を閉ざす。

もちろん大陸が見えることなどなく、見知らぬ大地に憧れつつもやはり地球は丸いのだなと、何となくそう思うばかりだ。

そして冬の海は激しく泡沫を飛ばして荒れ狂い、見る者にそんな長閑な思考を持つ隙など与えはしない。

油断すればあっという間に飲み込まれてしまいそうな邪悪で強大なエネルギーに満ちているのだ。




―でもね、大きな船を持っていれば荒波を越えてゆくことができるかもしれないんだ―



人生の荒波を前にして呆然と立ち尽くすか、波が静かな場所を探すか、平然と乗り越えてゆくか、或いは大きな船に便乗するか、はたまた当って砕けるか…。

思案のしどころである。








春一輪2011/01/23 17:24

春一輪
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED 50mmF2.0 Macro
撮影場所:山口県光市冠梅園



今は一年でいちばん寒い季節。

そんな時季には春の気配を見つけたくて見つけたくて

少し青空が覗けばもうじっとはしていられない。

うろうろと迷い出て、そして見つけた春一輪。

春は陽の光からやってくる。

光の春の訪れに、ぽつんと一輪の花が咲き

光の春が大地を暖め、光の春が雪を融かし

そしてある夜、山が芽吹いていっせいに匂い立つ。

そんな夜があることを知ってるかい?

春一輪は小さな春の予感。

だから梅は春一輪の頃がいい。







厳寒の雪2011/01/16 21:40

雪原
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED 70-300mmF4.0-5.6
撮影場所:山口県美祢市秋吉台



秋吉台には山焼きのあと、黒い草原を覆い隠すように雪が降るという言い伝えがある。

これを「焼け山隠し」と呼び、この雪が溶けたら春が来るのだそうだ。

今年も山焼きまであとひと月…。

今日、草原を覆っている雪は厳寒の雪であるが、ここら辺りでは厳寒と言っても外で雪だるまが作れるほど無邪気なものなのだ。

そんなことを言っている僕も雪が積もれば外を走りまわりたいほうで、今日はカメラをぶら下げてぶらぶらとドライブしてきた。

そして雪の草原を歩いたり、写真を撮ったり…。

無邪気なオヤヂであることを疑う余地はない。





目は疑い深く、耳は慎み深く…2011/01/13 21:56

関門橋
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL 14-54mmF2.8-3.5Ⅱ
撮影場所:下関市壇ノ浦PA




ある小説の中にこんな言葉を見つけて少し考えることがあった。

この作家は現役の精神科医ということで病院を舞台にした著作が多くある。

そんな中のひとつの物語を読んでいて表題のような文章が印象に残ったのだった。

それによると、目は危険を察知する役目を重点的に担っていて、一方、耳には危険察知の役目もあるが、それよりも仲間の声など親しさを感知することに重きを置いているらしい。

まったくその通りだとは言えないかもしれないが、言われてみると「なるほどなぁ」と妙に納得してしまうところがある。

僕は疑い深いほうの器官は健常だけど、慎み深いほうの器官が人並みに機能しない。

それゆえ社会生活において疑心暗鬼を生ず…、という状況にしばしば陥るというわけだ。

それはそれで仕方がないとは思ってみるものの、本当につらいのはそういう状況にあること自体ではなく、自分はそんなひねくれた根性を持っているのかと自己嫌悪に陥ってしまうことにある。

それがこの小説のこの部分を読んでいて、少し救われたような気がした。そうなんだ、この状況は自然の摂理だったのかと…。

少し心が軽くなったような気がした。

まぁ、機能しないほうの器官の回復はこれからも望めそうにないので、せめてなるべくそういう状況に陥らないような心を持とう、と思う。



ほら、見上げれば空もこんなに青く澄んでいるのだから…。




雪景色2011/01/10 18:24

かやぶきの里
OLYMPUS E-520
ZUIKO DIGITAL ED40-150mmF4.0-5.6
撮影場所:京都府美山町かやぶきの里




かやぶき屋根には雪景色が似合う。

かやぶき屋根の家に住んだこともないのに、

雪深い里に育ったわけでもないのに、

なぜかこの懐かしいような風景に魅せられる。

これが原風景というものか?

僕の日本人の部分が憶えているとでもいうのか?

風景? いや、これは情景なのだろう。

雪景色なのに寒く感じないのは、そこにある家のぬくもりを知っているから。