季節の花は…2014/06/09 21:50

道標
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 70-300mmF4.0-5.6
撮影場所:下関市吉田東行庵





季節の花は時の流れの道標

人の心がどんなに変わっても

季節の花は変わらぬ姿で

何事もなかったかのように変わらぬ姿で

巡る季節の中に花開き

僕はこの花をともに見た人の面影を

胸の中に思い描いて懐かしみ

ふと心の中にざわめいた感情を

抑え込みながらゆっくりと歩く

季節の花は時の流れの道標

思い出のない季節などなくて

思い出のない花などなくて

思い出のない場所などなくて

何を見てもどこへ行っても溢れだしそうな思い出を

ひとつひとつ塗り替えるために今日も歩く



   風よ 季節の訪れを告げたら淋しい人の心に吹け
   
   そして巡る季節よ その愛を拾って終わりのない物語を作れ

                        「風」 ささやかなこの人生 より

時の流れ2014/03/19 23:06

ほのか
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 50mmF2.0 Macro
アートフィルター:ファンタジックフォーカス
撮影場所:山口県萩市萩往還梅林公園




忙しさに追われ日常が川のように流れてゆく

寒さが和らいできたと思えば梅が咲いたという便りを聞き

こころにゆとりを持てぬままに早咲きの桜の開花を知り

そんなふうに大切な何かを時の流れに置き去ったまま日々を過ごす

ふと気がつけばもう百花繚乱の季節まであとわずか

このままではいけないと手に入れた僅かな時間を

自分だけのために自由に使おうとカメラを持って外に出てみると

いつもの年と変わらぬ春の風景がそこにはあった

写真を撮るということは季節を持ち帰るということだ

毎年変わらずに訪れる季節を持ち帰りパソコンのモニターで眺めて

この春、初めて一息ついたような心持ちになった

写真を撮るということはある意味流れゆく時を止めるということだ

手を延ばしても届かない流れの早さに追いつくためにシャッターを切り

ようやく手に入れた生きている証を無造作にメモリーの中に放り込み

後でゆっくりと楽しむつもりが思うままにはならず

そんなふうに貯め込んだ時の流れの断片が幾千万の蓄積となり

その蓄積そのものが我が人生であるかのような錯覚を起こす

一年がこんなに早く過ぎてゆくようになったのはいつの頃からだろう

寝る前の僅かな時間に僕はそんなことを考える

二月に降る雪は2014/02/26 21:15

二月に降る雪は
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL 14-54mmF2.8-3.5Ⅱ
アートフィルター:ファンタジックフォーカス
撮影場所:下関市豊北町



気がつけば二月ももう終わろうとしている。

振り返れば今年は例年よりも寒い冬だったように思う。

さほど厳しくもない南国の冬ではあるけれど

そろそろ春の訪れが恋しくなってきた、

不謹慎だが寒さに飽きてきたというのが本音なのかもしれない。

二月に降る雪はあっけらかんと明るい空から落ちてくる。

寒いことに違いはないがどこか優しげな名残を惜しむような雪だ。

路傍にはもう小さな野の花がさきがけの彩りを広げ始めている。

光射す時間も少しづつ長くなってきた。

春が来たらどこへ出かけよう…、そんなことを想いながら

僕は最後の雪に向かってシャッターを切る。

Singer2014/01/29 21:44

Singer
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL 14-54mmF2.8-3.5Ⅱ
撮影場所:ルネッサ長門




暗転した舞台の闇にうごめく気配が消えて

一筋の光が降りてくる

光の下にはギター抱えたひとりのSinger

右手の動きに合わせてギラギラと

ギラギラと響くギターの煌めき

魂の底を揺さぶる歌声

そして目を閉じて聴くaudience

もしこの耳がまともに聴こえたならば

僕も目を閉じて聴き入ったかもしれない

だけど僕は目を見開いたまま

友が歌う姿をこころに焼き付ける

そんな聴き方があってもいいはずなんだ

歌声は魅せるもの…

広い舞台の真ん中に

光を浴びてひとり立つ

そんな姿を記憶に重ねながら

僕は少し泣けてきた

歌は顔で歌うもの

ギターは顔で弾くもの

笑いながら言っていた

そんな言葉を思い出しながら

僕は少し泣けてきた

天に向かって2013/10/21 21:20

天に向かって
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL 14-54mmF2.8-3.5Ⅱ
撮影場所:山口市秋穂二島




よく晴れた秋の休日に近くのコスモス畑へ出かけてみた。

この花を見に行く日にはいつも風が吹いている。

今日も風が吹いている。

涼やかだ。

空も抜けるように青い。

コスモスは青い空を目指すように天に向かって花開き

風にゆらゆら揺れるのは決してか弱いからではなく

強い力に折れないしなやかさを持っているから…。

可憐な花一輪はただ可憐なばかりではなく

一瞬の煌めきのために生き抜くしたたかさをも兼ね備え

それでいてそのしたたかさを感じさせることはない。

すごいことだ。

心の弱さを強がることで隠そうとする誰かとは大違いだ。

そうだな、目を覚まして少し風に揺られてみるか…。

夏空2013/08/04 22:31

夏空
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL 11-22mmF2.8-3.5
撮影場所:広島県世羅郡世羅町世羅高原農場




梅雨が明けるのが異様に早かった今年の夏、

そんな夏ももう十日もすればお盆を迎える。

お盆を過ぎれば朝夕は過ごしやすくなるというのが通説だが

そんないつもの常識は通用しないんじゃないかと心配するほどの猛暑が続いている。

いつもは夏は夏らしく暑くなればいいと僕は考えているのだけど

こう極端な暑さが続くと、さすがにうんざりしてきた。

そして雨が降れば必ず豪雨…。

僕が子供の頃は暑い暑いといってもせいぜい31~32℃、

35℃を越えるような日は滅多になかったと思う。

猛暑日という言葉が使われ始めたのは2007年だそうだ。

最近の気象状況はやはり異常なのだろう、

「これまでに経験したことのないような大雨」という

聞き慣れない言葉もニュースで聞かれるようになった。

極端な暑さも災害を引き起こすような大雨も勘弁してほしいところだが

この季節、ビジュアルとしての夏空はやはり見たいものである。

人生もそろそろ秋口に差し掛かった頃、

生命の輝きの象徴のような夏空の構図は

去りつつある青春を呼び戻せそうな不思議な力に満ちているように思えるわけなのだ。

「青春とは人生のある時期のことではなく、心の持ちようのことを言うのだ」

というツィートが、最近、心の中に残っている。

その通りだと僕も思っている。

思っているくせに人生がそろそろ秋口などと感じてしまうのは

人生の夏の暑さに少々夏バテしてしまったのかな?とも考えてしまうわけだ。

心が揺らついたら夏の空を見上げればいい。

人生の指針となる言葉をネットから拾ってくればいい。

そんな少しのことで夏バテを解消できれば安いもの…。

水無月の闇に羽ばたく2013/06/09 21:42

水無月の闇に羽ばたく
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 70-300mmF4.0-5.6
撮影場所:宇部市常盤公園菖蒲苑




例年より早く梅雨入り宣言が出されたと思えば

その後さっぱり雨が降らず、「もう中休み?」と呆れていた この週末、

降らないならバイクにでも乗るかねぇと思っていた矢先に雨の予報が出た。

何も日曜日に降らなくても…、と恨めしく思うのは僕がバイク乗りだからだろうが

まったく降らないのも心配なわけで、他の季節に比べれば諦めもつけやすい。

「水無月」とは暑さで水が枯れるから「水の無い月」なのだとか

「無」は「の」の意味をあらわしていて本当は「水の月」という意味を持つのだとか

諸説あるようだが、僕にはどれが本当なのかよくわからない。

少なくとも六月の梅雨の時季には雨が主役というイメージがあるから

水の無い月というのはおかしいとは思う僕は、実はそんなことはどうでも良くて

六月には花菖蒲とあじさいが花開くという事実が大切なのである。

ただ、この花菖蒲の紫系の色はカメラが再現を苦手とする色のようで

これは私が使っているカメラだけかもしれないのだけど

どうも見たような色が出た試しがない。

そのうちに色の再現は完全に諦めてしまって撮影にも遊びが混ざってくる。

花びらの付け根の黄色い部分をスポット測光で狙うと

闇に羽ばたく白い蝶の群れのような構図になって

どんどん本来の撮影意図から外れた遊びにのめり込んでゆくのである。

写真という言葉は「真を写す」と書くわけだが

実は目で見た真実とは大きくかけ離れた絵を創るのももなかなかおもしろいものだ。

例えば明るいレンズで前や後ろに大きなボケを創ってみたり、

測光で背景を闇に変えてみたり、

現実にはありえないような色を再現したり、

こういった遊びはやはりコンデジの手には余るわけで

重い一眼レフをぶら下げてしばし遊びに興じることになる。

ところが何年か前から実は私の花菖蒲はいつもこんな絵ばかりだ。

思いついた遊びにわりと執着する癖があるのか、

あるいは他の遊びを考え出す能力に欠けるのか、

おそらく後者に間違いはないのだが、このことを自分でも少し残念に思っているのは事実だ。

そのくせ性懲りもなく同じような写真を毎年撮り続けるということは

そこがアマチュアカメラマンのお気楽なところで、

趣味なんだからそれでもいいと理由付けして納得しているのも

自分のことながら可笑しさを堪え切れない。

水無月の闇に羽ばたくのは我が貧弱な感性なのか?と考えるわけである。

しだれ桜の参道を抜ければ2013/04/04 18:00

しだれ ほんのりさくら色
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 50mmF2.0
アートフィルター:ライトトーン
撮影場所:山口市徳佐神角





物心ついてから学校を卒業するまでの間、

春には毎年のように出会いや別れがあった。

人生の大きな区切りを迎えて新しい場所に足を踏み入れるとき、

そこにはいつも満開の桜があって門出を祝福してくれたのを憶えている。

その頃にはたぶん今よりもずっとピュアだった僕の心には

「ここで頑張りなさい。」と励まされているように感じられ

そのことは、今でも普段は意識することのない記憶の奥底にあって

生きるうえで知らずのうちに心の支えとなっているように思う。

そのうちに大人になって社会に出ると、春という季節を特別に意識することもあまりなくなり

気がつけば人生の半分以上をそんな心持ちのまま生きてきたように感じられる。

ところが趣味として写真を撮ることをはじめてから、

再び春が特別な意味を持つようになってきたのである。

季節の風物詩を追いかけて自分の世界の中を忙しく歩き回り

それを何年も繰り返していると毎年新しい季節に出会ったとき、

その季節を無事に迎えられたことがとても幸せなことと感じられるようになってきたのだ。

いつの頃からか、毎年桜の季節に訪れる場所があって、

古い八幡様の社に続く参道を満開のしだれ桜を見上げながら歩く。

そうして社の前に並ぶと神主さんが参拝客ひとりひとりの垂れた頭に

御幣をふるってお祓いをしてくれるのだった。

それはお祓いというよりも、新しい春を迎えられたことを祝福してくれているようであり

大した信仰心など持ち合わせていない僕でも、

ここに来れば本当に春が来た喜びを実感することができるのである。

ひょっとすると一年で一番厳かな気持ちでお参りするのはこのときかもしれない。

お参りが済めば、いつものように屋台で買い食いなどしながら

また参道に戻ってカメラを手にしばらく遊びに興じるわけだ。

ここのしだれ桜は古木が多く、

小さなさくら色をたくさんつけた枝が時折風に吹かれて頭を撫でる。

そんな光景の中に身をおいていると

お参りのときに感じたくすぐったいような御幣の気配がよみがえり

僕は今年も頭上にある神様の存在を確信するのだった。

ライブ2013/03/19 23:04

ライブ
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 70-300mmF4.0-5.6
アートフィルター:ラフモノクローム
撮影場所:萩市虎ヶ崎




頼まれて友人のライブの写真を撮りにいった。

カメラを趣味にしていても「人」を大っぴらに撮るチャンスというのは意外とないもので

これ幸いとばかり、僕はいそいそと出かけていった。

ロケーションを確認しながら本番を待つ。

彼も待つ。

手元にあるカメラには換算600mmまで伸びる望遠レンズが付けてある。

少し暗いのとAFが遅いのが心配だが、この場で使えそうなのはこれしかない。

演奏が始まる。

ファインダーを覗く。

望遠レンズが引き寄せた彼の顔は普段のはにかんだような表情とは別人のように目まぐるしく変化する。

そのうちに映像に酔ってきた。

シャッターを押しながら少しハイになっていたのかもしれない。


ファインダーの先を見つめながらライブとは聴かせるものではなく魅せるものだと思った。

僕にはもう楽しめないと思っていた音楽も、まだ楽しむ方法があるってことを知った。

音楽だって見ればいいんだ…。

物欲の秋2012/10/23 21:23

風の語らい
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED 70-300mmF4.0-5.6
撮影場所:山口市秋穂




秋の風にさわさわとコスモスの花が揺れていた。

これはほんの少し前の風景…。

暖かい飲み物が恋しくなってきたなと思っていたら

いつの間にか10月も半ばを過ぎていて

やっぱり日常の慌ただしさはいつもと同じだ。

せめて休日には心の洗濯をしようとカメラを持って出かけるのだが

毎年、巡る季節の中で好む風景に変わりはなく

歳を重ねるということはこういうことなのだなと

実はもうずっと前から気がついている。

ところでこの週末には新しいカメラが僕のもとへ届く予定だ。

新しいカメラを使えば毎年同じに見える季節の風物詩が

劇的に変わるはずもないが、実は秋から冬という時季は

僕にとって物欲の季節でもあるわけだ。

そしてこのブログにもカテゴリーがひとつ増えることになる…。