呪縛2013/08/02 17:17

船溜まり
RICOH GX200
RICOH ZOOMLENS 5.1-15.3mmF2.5-4.4
撮影場所:山口県防府市向島




暑い暑いと文句を言いつつ、だらだらと過ごしていたらいつの間にか8月になっていた。

そして、少しの間、知人に貸していたGX200が手元に戻ってきた。

久しぶりに持ち出してみる。

起動の速さ、ズームやAFの挙動などは

すでに一世代前のメカニズムであることは否めない。

画質は・・・、

もともと晴天番長な性格だったので暗い環境ではあまり使う気にはならない。

が・・・、充分に光がある環境では、XZ-10に負けない、いい絵を吐き出す。

で、何よりもこの機種を捨てきれないわけは

手に持ったときの絶妙な納まりの良さなのだ。

小さな男の子がお気に入りのおもちゃをポケットに入れて

どこへ行くときも手放さない、あの心境なのだ。

もちろん、今、メインで使っているXZシリーズも気に入っていることに違いはない。

が・・・、違うのである。気に入っている意味合いが違うのである。

これはもう、言わば呪縛である。

この呪縛から逃れるには正当進化した後継機種を手に入れるより他なさそうだ。

そして出る可能性が限りなく低いものを待つというのも

なかなかに辛いものなのである。

夏空2013/08/04 22:31

夏空
OLYMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL 11-22mmF2.8-3.5
撮影場所:広島県世羅郡世羅町世羅高原農場




梅雨が明けるのが異様に早かった今年の夏、

そんな夏ももう十日もすればお盆を迎える。

お盆を過ぎれば朝夕は過ごしやすくなるというのが通説だが

そんないつもの常識は通用しないんじゃないかと心配するほどの猛暑が続いている。

いつもは夏は夏らしく暑くなればいいと僕は考えているのだけど

こう極端な暑さが続くと、さすがにうんざりしてきた。

そして雨が降れば必ず豪雨…。

僕が子供の頃は暑い暑いといってもせいぜい31~32℃、

35℃を越えるような日は滅多になかったと思う。

猛暑日という言葉が使われ始めたのは2007年だそうだ。

最近の気象状況はやはり異常なのだろう、

「これまでに経験したことのないような大雨」という

聞き慣れない言葉もニュースで聞かれるようになった。

極端な暑さも災害を引き起こすような大雨も勘弁してほしいところだが

この季節、ビジュアルとしての夏空はやはり見たいものである。

人生もそろそろ秋口に差し掛かった頃、

生命の輝きの象徴のような夏空の構図は

去りつつある青春を呼び戻せそうな不思議な力に満ちているように思えるわけなのだ。

「青春とは人生のある時期のことではなく、心の持ちようのことを言うのだ」

というツィートが、最近、心の中に残っている。

その通りだと僕も思っている。

思っているくせに人生がそろそろ秋口などと感じてしまうのは

人生の夏の暑さに少々夏バテしてしまったのかな?とも考えてしまうわけだ。

心が揺らついたら夏の空を見上げればいい。

人生の指針となる言葉をネットから拾ってくればいい。

そんな少しのことで夏バテを解消できれば安いもの…。

形骸2013/08/28 15:48

形骸
OLYMPUS STYLUS XZ-2
i.ZUIKO DIGITAL ED6-24mmF1.8-2.5
撮影場所:愛媛県大洲市赤煉瓦館




少々夏バテしてしまったらしい。

猛暑のさなかに悪寒を感じて今日は仕事を休んだ。

人間50年…、わが人生も半世紀と少しの歴史を刻んできたわけだが

ちょうど夏バテする時季にあるようだ。

何気なく目にする光景に想うことは時とともに変化するものらしく

こんな光景に出合った時には、

その日連れて歩いた老いた母の行く末を案じるとともに

我が身の終焉のことに想いが至り、少し驚いている。

形あるものはやがて朽ち果て形骸を晒しながら消えてゆくもの。

命あるものはその命を全うするのが務め…。

それが物と命の違いだろう。

そしてもしもひとりになったなら我が身の終え方を考えなくてはならない。

ときどき夢に見ることがある。

高い山の誰も知らない見晴らしの良い岩に腰掛けて

静かに空の一点を見つめ…、

やがて人知れず命尽きて

骸は鳥に啄ばまれ、

肉体は朽ち果てて…、

それでもそこに座り続けて…、

風に吹かれて無に帰するまで空の一点を見つめているそんな姿を…。

もしもひとりになったならこんな終わり方がいいと、そんなことを思う自分がいる。

想いは心の中身を映すもの…。

夏の終わりはいつもこうなのだ。